セックスの感想を聞く男の心理を考えてみた

 

感想を聞いてくる男はクソ、みたいな女子の間でのよくある話がある。

 

所詮聞いたところで、

「あなたはテクニックはそこそこだけど、大きさが物足りないから下から3番目くらいかな」

なんて言う彼女はいないわけで、実際の女子は本音を話さないのが普通だ。

 

真実を答えるわけが無い質問を聞くこと自体がナンセンスだ。

 

もしも本当に歴代一番だったとしたら、わざわざ聞かなくても彼女のほうから言いそうなものである。

 

ではなぜ、このような質問をしてしまうのか。

 

男性は女性の性欲を満たしているという事実を確認したいからだ。

彼女が彼氏に対して「私の性欲を満たしてくれる価値がある人」と感じてくれているか、といことを彼氏は聞きたいのだ。

 

そこには過去の男たちと比べ、自分は勝っていることを確認したい、という意志が表れている。

 

ではなぜそんなことをしたがるのだろうか。

 

一旦ここで、恋愛市場における男女の関係性を考えてみる。

行為にいたるまでには2つの障害がある。

意思(want)と実現性(can)だ。

  • 意思(want) したい又はこの人としても良いという気持ち
  • 実現性(can) 実際にその人とできる関係性が構築させているかどうか

この二つが達成されることによって、実際の行為が行われる。

 

男性でありがちなのは、want/can'tの組み合わせ

したい人はいるが、できる関係性を持っていないという状況。

女性は、not want/canの組み合わせ

しようと思えばできるが、したい又はしたい人がいないという状況。

 

男性と違って、女性は基本的に相手を選ばなければすぐにできるはずだ。

元カレとあってるんじゃないか、他の男に浮気しないか、という不安を持つことは誰しも経験したことがあると思う。

 

そこで、「あなたが一番だよ」という言葉を彼女から聞くことで、彼女から見た自身の価値を再確認することができる。

自分は彼女の性欲を満たしているという事実が自信になる。

 

女性は気分しだいでできるからこそ、彼女が満足していることを確認し、男性は安心したい、というのが感想を聞く男の心理なのではないだろうか。

 

映画「22年目の告白 私が殺人犯です」を見た感想【ネタバレ】

 

今になってどうしてこの映画なのか、と思う人もいるだろう。

それはただ単に、金曜ロードショーでやっていたからだ。

 

久しぶりに邦画で面白いと思ったので、ブログに書きたいと思う。

 

「主役が藤原達也じゃないと成り立たない映画」と見終わった後真っ先に感じた。

藁の楯」などのこれまでの藤原達也が出演する映画を通して、私たちの中にある「俳優 藤原達也」を映画の伏線となっているところが斬新だった。

映画の予告映像のミスリードもうまくて、私はまんまと騙されてしまった。この映画は日本人じゃないと面白さが半減してしまうなと思った。

 

最悪非道なキャラを演じる藤原達也は、気持ち良いくらいゲスくて良かった。

実は婚約者とわかった後の青年の演技は、あまりにもその前の殺人犯のイメージが強すぎて入ってこなかったかな。笑

 

あと細かいところで気になったところは、藤原達也の髪型が個性的なところとか、殺人実行から22年以上経ってるはずなのにそれにしては若いとか、最後の結末がなんとなく読めちゃうとかあるけど、それでも映画全体でみると面白い映画だった。

 

 

eiga.com

渋谷「FAT BURGER」に行ってきた

 

「FAT BURGER」に行ってきました。

 

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渋谷のスクランブル交差点の真横に位置する109men's館7階にお店はあります。

上京してきた時に興味本位でここには入ったものの、趣味が違うなと感じて以来、足を運ぶことはありませんでした。

今回お目当てのお店へ向かうため、数年ぶりに突撃してきました。

 

men's館7階は飲食店のフロアーになっているものの、お店ごとの仕切りが少なく、開放的な設計でした。

フロアー中に洋楽やクラブミュージックが大音量で流れているので、落ち着いて食事を楽しむというよりは、皆と盛り上がって楽しむような雰囲気です。

渋谷の若者向けというビルのコンセプトがここにも現れていますね。

 

メニューです。

 MOSフレッシュネスバーガーよりは高めで、シェイクシャックと同じ位の価格帯です。  

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オーダー方法は、カウンターで注文して番号札を受け取り、テーブルに店員さんが届けてくれるスタイルです。

店員さんがかっこいい英語でオーダーを通すのが、なんだか面白かったです。

 

このお店はドリンクのシステムがユニークで、ソフトドリンクを注文すると空のカップだけを渡してくれます。お店内にジューサーがあって、そこでカップに自分で注ぐというシステムです。

 

5分程度でハンバーガーがきます。

私が今回注文したのは、オーソドックスな「オリジナルバーガーとポテトセット」です。1000円くらいです。

 

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感想は、まあ美味しい。

具材がおおめですが、全体的に良い感じでまとまっていて、重たくなく非常に食べやすくハンバーガーだなという印象です。

ただ、ガッツリお肉を食べるというイメージだと肩透かししてしまうかもしれません。

値段と量、質を考えると、正直割高感は否めません。

 

 

今回久しぶりに109men's館を訪れて驚いたことは、フロアー内にはほとんどお客さんがいなかったことです。

数人グループでいましたが、店員さんと仲が良さげなところがみられたので知り合いみたいな人がほとんどでした。むしろ、私たちのような一般客の方が少なく浮いていました。

メンズ館はこのような渋谷コミュニティの身内感があって、個人的にはあまり好きではありません。

 

個人的にはお店の雰囲気も込みで、シェイクシャックの方が好きという感想です。 

リピートはないかな、、、

 

 

訪問日:2018/06/10

 

www.fatburger.tokyo

 

新幹線殺傷事件で亡くなってしまった男性について思うこと

 

2018年6月9日にて、新幹線内で無差別傷害事件がおきた。

数人の女性が怪我をし、犯人の制止しようとした男性が死亡してしまった。

 

事件概要は、以下の記事を参考に。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

headlines.yahoo.co.jp

 

 

この事件において私の疑問は、男性はなぜ凶器を持った犯人を制止しようと思ったのかという点にある。

新幹線内という限られた空間ではあるが、犯人に向き合う以外の選択肢は無かったのだろうか。

 

凶器をふりまわし暴れる成人男性を怪我無く止めることは、私たち一般人にとって不可能に近い。

武道を習った経験もないし、ましてや喧嘩すらほとんどしたこと無いのに、どうして制止できると思ったのだろうか。

 

もしこれがドラマや漫画だとしたら、華麗に犯人を取り押さえることができるだろう。

刺されたとしても死ぬことは無かったかもしれない。

 

現実ではそうはいかない。

 

犯人を止めに入るのではなく、逃げることを最優先に考えるべきだった。

「逃げ場が無かったからしょうがない」が死ぬ理由でいいのかと。

 

 

勇敢にも犯人に向かっていく姿はかっこいい。

しかし、死んでしまったら元も子もない。

逃げた結果、、他の人が犠牲になって周りから非難されようとも、死ぬよりはずっと良い。

 

オナニーは人生において無駄な時間か

 

男でオナニーをしない人はいない。

 

あのイケメンも、電車でうなだれるおっさんも、間違いなくどこかでしている。

 

私ももれなくオナニーとともに育ってきた男の一人だ。

しかし、することが当たり前だと思っていたオナニーに関して、ある疑問が湧いてくるようになった。

 

 

オナニーは時間を無駄にしているのではないか?

 

 

きっかけは社会人として働き始めた時のこと。

 

仕事に疲れて自宅に帰ってきて、部屋でくつろぐ束の間の癒しの時間。

お風呂に入る前に、いつものようにオカズを探し、オナニーをした。

 

おわった後に残ったのは、倦怠感や脱力感、あとは僅かな快楽。

 

いわゆる賢者タイム中、私は一連の行為で消費された時間を考えた時、貴重な時間を使ってしまった後悔をふと感じてしまっていた。

 

生産性を日々問われる社会人として、オナニーという非生産的な行動はいかがなものか、と。

 

仕事が終わったあと自宅で過ごす寝るまでの僅かな時間、その時間をオナニーに捧げるのは人生の無駄と言える。

 

そもそもオナニーをすることによって消費されるのは時間だけではない。

エネルギー、気力、行動力なども同時に放出される。

 

それらと得られる快楽を天秤にかけると、オナニーをしない方が人生にとって得策なのではないだろうか。

 

 

今までの私の人生のなかで、オナニーをしない男は高校時代の友人だけだ。

その男は高校生のとき、「中学生の時に一度したけど、良さがわからなかったからそれ以降やってない」と言った。

 

その男は東大に進学した。

 

オナニーは日課みたいなもので、いつのまにかオカズを漁り始めてしまう。

 

男はオナニーという行為によって、さまざまな未来の可能性を消されてきたかもしれない。

 

仕事に慣れていく感覚

 

新卒で今の会社に入社して一年が経った。

 

朝早く起きて出社の準備、いつも通りの時間に家を出る。

今日の天気に一喜一憂しながら駅へ向かう。

最初は抵抗感の強かった満員電車も、今では何も思わなくなった。

 

会社に着いたらいつも顔を合わせる同僚に挨拶しながら自分のデスクに向かう。

パソコンを立ち上げ、メールの確認。

朝のルーティーンをこなしつつ、今日のスケジュールに目を通す。

 

仕事のさばき方もわかるようになってきて、社内でのポディションも確立し始めている。

今日も一日、大きな問題はなさそうだ。

 

 

最近、自分のなかで徐々に仕事、職場に馴染んでいる感覚がある。

 

 

テキパキと書類をさばく人、だるそうにキーボードを叩く人、忙しそうに電話応対をする人、暇そうにパソコンを眺める人、、、

 

 

私もその中の一人。 

私はいつの間にか、向こう側だと思っていたところにいる。

 

 

これが仕事に慣れていくということか。

 

 

 

 

 

田舎で育った子供は入学した高校が人生を決める

 

田舎で育つ子供たちは、どの高校に行くかで将来は左右される。

なぜなら、人は周囲の影響を受ける生き物であるからだ。

 

その高校の卒業生多数が進学するならきっと進学を選ぶし、就職ならそうなるだろう。関東の田舎で私が、肌で感じてきた経験則に基づくものだ。

 

しかし、基本的に学校との往復で日々を過ごす中学生にはこのことの重要性を理解している人は少ない。

地方の閉ざされた世界にとって、所属する環境がすべてなのだ。

 

学生時代はことあるごとに、将来のことを考えなさいといわれる。しかし、閉ざされた世界で生きている人たちにとって、参考にできるようなモデルは少ない。

田舎のような閉ざされた世界では、横のつながりはあっても縦のつながりは薄いように思う。

 

そして、結局参考になるのは、両親。

私の両親は、2人とも高卒だ。そのため、中学生のときは、高校を卒業したら就職するのかな、と漠然に考えていた。進学率100%の高校にいるときでも、就職するのかなと思っていた。

 

私は進学したが、兄弟は高校卒業後、就職した。私はたまたま運が良かっただけで、兄弟のように高卒で就職する可能性はあった。

 

親の年収は子供の学歴に影響する。

ことのことを知ったのは大学生のときだが、自分の人生を振返って納得した。

 

年収の高い人には、大卒が多い。

大卒によって得られる恩恵を知っているからこそ、子供に対して進学が当たり前として認識されている。

 

年収の低い人は、大卒が少ない。

大学に通う恩恵を知らないので、進学するにも費用のかかるため、子供に積極的に進める親は少ない。

 

つまり、子供は親の人生の再生産。

同じ日本の中でも、別の世界を生きている。その世界が交わることは少ない。