オナニーは人生において無駄な時間か

 

男でオナニーをしない人はいない。

 

あのイケメンも、電車でうなだれるおっさんも、間違いなくどこかでしている。

 

私ももれなくオナニーとともに育ってきた男の一人だ。

しかし、することが当たり前だと思っていたオナニーに関して、ある疑問が湧いてくるようになった。

 

 

オナニーは時間を無駄にしているのではないか?

 

 

きっかけは社会人として働き始めた時のこと。

 

仕事に疲れて自宅に帰ってきて、部屋でくつろぐ束の間の癒しの時間。

お風呂に入る前に、いつものようにオカズを探し、オナニーをした。

 

おわった後に残ったのは、倦怠感や脱力感、あとは僅かな快楽。

 

いわゆる賢者タイム中、私は一連の行為で消費された時間を考えた時、貴重な時間を使ってしまった後悔をふと感じてしまっていた。

 

生産性を日々問われる社会人として、オナニーという非生産的な行動はいかがなものか、と。

 

仕事が終わったあと自宅で過ごす寝るまでの僅かな時間、その時間をオナニーに捧げるのは人生の無駄と言える。

 

そもそもオナニーをすることによって消費されるのは時間だけではない。

エネルギー、気力、行動力なども同時に放出される。

 

それらと得られる快楽を天秤にかけると、オナニーをしない方が人生にとって得策なのではないだろうか。

 

 

今までの私の人生のなかで、オナニーをしない男は高校時代の友人だけだ。

その男は高校生のとき、「中学生の時に一度したけど、良さがわからなかったからそれ以降やってない」と言った。

 

その男は東大に進学した。

 

オナニーは日課みたいなもので、いつのまにかオカズを漁り始めてしまう。

 

男はオナニーという行為によって、さまざまな未来の可能性を消されてきたかもしれない。